尾瀬から平ヶ岳 春合宿(2023年5月3~5日前夜発)

立案の経緯と行動概要

 昨年10月中旬に福島県側の御池から燧裏林道を経て尾瀬ヶ原に行き、下田代十字路(見晴らし)にテントを張って周囲を散策しながら景鶴山(けいづるさん)を間近に仰いだとき、「来年のGWに登りにこよう」というアイデアが浮かんだ。この山は東電の子会社、尾瀬林業の私有地とかで「植生保護」の名目で登山禁止だが、雪に覆われている時期だけは入山が「黙認」されているという事情があり、登るチャンスは鳩待峠への林道が開通する4月下旬からGWにほぼ限られるのである。

 ただ景鶴山だけなら群馬県側の鳩待峠から夜行日帰りが可能で、のんびり計画でもせいぜい1泊2日と、せっかくのGW山行としては物足りない。そこで、景鶴山からさらに平ヶ岳にも足を延ばす春合宿プランを提案したところ9人のメンバーが集まり、久しぶりの大人数での雪山合宿への期待がふくらんだ。

 当初の予定は、初日/鳩待峠→山ノ鼻→東電小屋→与作岳→景鶴山→大白沢山BC、2日目/平ヶ岳往復、3日目/スズヶ峰→猫又川畔→山ノ鼻→鳩待峠というものだったが、4月になると急に暖かい陽気になって山でも雪解けが早まっている様子。直近の景鶴山の記録をいくつかネットで見ると、ほとんどが下部で藪こぎに難儀したとある。そこで、初日にいきなり藪で苦労して体力を消耗してしまうより、先に平ヶ岳に登ってから景鶴山経由で下山する逆コースに変更することにした。これなら下りの藪こぎになるので登りより少しは楽だろうという思惑もあったが、それより何より、平ヶ岳の登頂を優先すべきとの思いに至ったからだ。多数のメンバーにとって平ヶ岳の登頂が今回の参加の大きな動機になったはずで、景鶴山より標高も品格も上の名山に、しかも残雪のときにしか登れないルートから頂上に立てば大きな達成感を得られるにちがいない。

 結果、入山二日目に快晴のもと展望絶佳の平ヶ岳に登頂。雪解けで藪が出て黒々としたすがたを見せていた景鶴山は残念ながらパスして下山した。

 なお4月9日には全メンバーが歩荷トレーニングをした。大きな山行ではこういう事前の準備も大切にしたいものだ。

5月2日 車中での仮眠

 車2台で池袋と新座駅を19:30に出発して関越道上里SAで合流。沼田ICから一般道を走って群馬側の尾瀬への起点である戸倉へ着いたのは23時頃。ゲート入口の看板に大きく「駐車場内テント、火器禁止」とある。車内で仮眠するしかなさそうだ。

5月3日 スズヶ峰を越えてベースキャンプ設営

 5時には起きて共同装備の荷分けをしてパッキングを済ませ、5時50分にワゴンタクシーに乗って鳩待峠1591mへは40分ほど(1人一律1000円)。峠にはもうかなりの登山者がいて、しかもそのほとんどが続々と至仏山へと登っていく。

 尾瀬ヶ原の一端、山ノ鼻1404mへは長く緩い下り。やはり雪解けは早いようでかなりの部分はもう木道が出ていて、その上に薄く雪が載ったり凍っていたりと油断できない。

 山ノ鼻から「植物研究見本園」を囲む木道を少し進み、その先で猫又川右岸の残雪を踏んでいく。うれしいことに連休後半は好天続きの予報、青空に映える山並みや澄んだ流れの畔を彩る拠水林の新緑が目に心地いい。秋も、春の尾瀬もいい。

 この日の行程はどこから主稜線に上がるのかが読図の大きなポイントだが、柳平のC(等高線、Contour)1450m付近から1663mピーク手前のコルをめざして支尾根をたどることにする。下部は藪が出ているところや急な登りもあったが、標高差200メートルほどの登りを1時間ちょっとのがんばりで主稜線へ。あとはたおやかな尾根をBC予定地の大白沢山まで淡々とたどればいいので安堵する。

 岳ヶ倉山1816mへはかなり急な登り。そこを越えると小さな登り下りを繰り返しつつ、彼方まで広がる山岳展望を楽しみながらスズヶ峰1953mへ。あたりはどこにでもテントが張れそうな広場のようなところでテントが二つあったが、風を避けられる地形ではない。さらにそこからがくっと下ったC1852mのコルに素敵な平地があり、風の影響も受けない場所なので、当初の予定地よりは少し手前だがここにテントを張ってベースキャンプとする。まわりにほかのテントがないのが何よりだ。

 テントに落ち着けば、あとは山上でのしみじみとした時間が始まる。さっそく一杯。今回、食事は夕食、朝食とも各自にした。共同で作っても食べない人がいて余らせてしまうよりはこのほうがいいのかもしれない。

5月4日 至福、眼福の平ヶ岳

 4:00起床。「ぐっすり眠れた」という人がいれば、「寒くてよく眠れなかった」という人もいる。この差をもたらすのはシュラフの羽毛量の違いとか、羽毛服を持ってこなかったとか、端っこに寝ていたからとか、はたまた体質だとかいろいろだが、その対策は当人次第だ。こんなに寒いのはもういやだという人は次に備えてしっかり考え、一晩くらい寒くたってどうってことない人や寒かったことをすぐ忘れてしまうずぼらな人は、次の山行でも寒い思いをするのだろう。

 それにしても静かな、さわやかな朝だ。出発の準備をしていると、スズヶ峰に張ってあったテントからだろう二人組が朝のあいさつを交わしながら通りすぎていった。

 昨夜の冷え込みで雪面はがちがちに凍っているのでアイゼンを着けて出発。1911mピークで東へ大白沢山を経て景鶴山2004mへと続く尾根と分かれ、まっすぐ北上する尾根に入っていく。広くて伸びやかな尾根に雪もたっぷり着いているので気持ちよく足が進む。一個所藪が出ていたが、ほんのわずかな距離だったのは幸いだった。

 1920mピークからいったん大きく下り、白沢山1963mへ登り返す。ここまでが約3分の2の行程で、白くて円い平ヶ岳の頂上が目の前に大きく近づいてきた。登るほどにますます展望が広がり、振り返ればすぐ後ろに至仏山と景鶴山、遠くに燧ケ岳、右の彼方には会津駒ヶ岳など南会津の山の連なり、左には利根川源流山地の山々。これまでこんなに素晴らしい眺めのなかを歩いた記憶はそう多くはない。

 頂上への最後の広い急斜面を一歩一歩、じわじわっと登っていくと目の前に長い棒のようなものの頭が現れ、進むほどにそれが徐々に空に高くなっていく。やがて傾斜が消えてひたすら平らで広い頂上台地に出た。うれしい瞬間だ。みな、ニコニコしている。テントから約4時間半の登りの先に待っていた至福、そして大展望の眼福。

 それにしても平ヶ岳とは、正直な名前だ。こんなに広い頂上がほかにどこかにあるか思いつかない。

 頂上で40分ほどのんびりした時間を過ごして下山開始。目の前にある景鶴山は山肌が黒々としていてひどい藪こぎになりそうだ。あしたどうするか思案しながらテントに戻る。まだ15時。テントの外に銀マットを敷いて水作りしながらハイ・ティー、というか自然に宴会になって、やるべきことをやったあとのこういう時間はほんとうに楽しい。この席で、あしたは景鶴山をカットして往路を戻ることを伝える。

5月5日 また下界へ

 テント場からいきなりスズヶ峰への急な登り返しが朝一番の苦行だった。それを過ぎればあとは緩やかに下っていくだけだ。岳ノ倉山を越えた先のコルから往路に登った支尾根を猫又川まで下るのもいいが、それではちょっとつまらないというか、せっかく道のない原始の山にいるのだから読図して違うルートを探ってみるのも大事だろう。2万5千図を見ると、スズヶ峰からしばらく下った先の1818mピーク手前のコルから南東に左俣の二俣まで長く明瞭な尾根が延びている。ここを下ることを提案し、みなで確認した。

 C1880mあたりから主稜線を外れて左に、ルートファインディングしながら下っていく。藪を避けるためときどき広い尾根の右に寄りすぎてしまったこともあったが、その都度修正を繰り返し、めざす二俣にぴたっと降り立つことができた。あとはもう大きな登りも下りもない猫又川右岸をたどって山ノ鼻、さらに鳩待峠へ戻るだけだ。

 猫又川沿いは3日前より急速に雪解けが進んで猫又川へ流れ込む支流の水嵩が増え、2か所ほど靴を履いたまま徒渉する羽目に。あと一週間もしたらこのあたりの雪もほとんど消え、やがて静寂の世界に戻るのだろう。そして一年後の春の短いひと時、またわずかな人数ながらも平ヶ岳をめざす人たちがやってくるのである。

 山ノ鼻に着いたら、いきなり人の溢れる別世界になった。まさかのスカートに街靴の人もいる。ここには売店もあって、冷えたコーラを買って回し飲み。うまい。ああ、ここでもう歩かなくていいならどんなにいいかと思うが、3日間の最後の試練、鳩待峠まで約1時間の登り返しが待っている。軽装の人たちにたくさん抜かれながらもやっと峠に到着して、やれやれ、これで終わった。

 再びワゴンタクシーに揺られて戸倉の車に戻り、沼田街道の途中にある焼肉レストラン「あおぞら」の焼肉で楽しかった3日間を締めた。みなさん、お疲れさまでした。

尾瀬ヶ原から燧ヶ岳方面